秋田県議会議員 柴田正敏の公式ブログ 柴田正敏が行く
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12月17日付の秋田魁新報によると第46回衆院選は16日に投票、即日開票されました。自民、公明両党は合わせて320の議席(過半数241)を獲得し、約3年3か月ぶりに政権奪還を果たしました。秋田県の3小選挙区は、前回2009年に議席を独占した民主党が全敗、自民党の3候補が当選しました。比例東北では、維新の秋田県候補が復活当選をしました。衆議院ではこの4人が力を合わせて秋田県のためにがんばってくれるものと思っています。

12月16日は衆議院選挙の投票日。民主党や自民党などの既成政党だけでなく維新の会のような新しい政党が次々と今度の選挙に参加します。国民のため国政であることを願いつつ。

雪国秋田も12月1日から降り続いた雪で翌朝は真白になりました。
いよいよ春の雪解けまで長い冬を迎えました。
色づいた秋の葉が落ち始めると、冬支度の始まりです。
こういった雪国ならではの冬の過ごし方がありますね・・・

さあ!寒さに負けず頑張りましょう!!

本日9月1日は雄物川町では2つのスポーツイベントがありました。

1つ目は、8時開会の第4回雄物川スタルヒン550歳交流大会が
開催されました。36チームの参加で3日に渡り開催されます。

なぜ、スタルヒン杯が雄物川で開催されているかというとヴィクトル・
スタルヒンのお墓が雄物川にあるからです。

もう1つは11時開会の第31回秋田県三地区対抗超OB
バスケットボール交流大会が開催されました。

日頃の練習の成果も十分に発揮されているように見えました。
どちらの大会も60歳を超える皆さまが熱い試合を繰り広げ、
私も改めて頑張らなければと元気をいただきました。

山菜採りの名人が来て、「月を上旬、中旬、下旬と三つに分ける。」だから「旬とは、10日、10日のことを言う。」と言っていた。

山菜は基本的に若芽新芽を採取するもので、天候によってどんどん成長する。
本当においしく食べられる期間は、やはり10日前後のようだ。
そして、旬のものは次から次へと移り変わっていく。

先日までは、タラの芽やコシアブラといった木の芽がおいしかったが、これからは竹の子や蕨が旬のようだ。
名人は、このおいしさを首都圏にも伝えたいというが、山菜は痛みが早く、日持ちが悪い。

この贅沢は、地元ならではの特権なのだろうか。

同じ山菜の宝庫であった東北の被災地のことが頭に浮かぶ。

震災の早急の復興対策をという願いは国民共通だが、何か気持ちが集中できないのは原発事故があるからだ。

原発事故の説明が二転三転し、右往左往の政府の責任は重かった。


果たして、本日の内閣不信任決議案の行方は?

明日、4月1日は、秋田県議会議員選挙の告示日である。

次の選挙は、いよいよネット選挙解禁かといわれていたが、今回も解禁にはならなかった。

従って、告示以降は更新が出来ないので、今日が最後の更新となる。



そして、
柴田正敏に最後のインタビューを試みた。


「今日が最後になるので、皆さんにメッセージを発信して下さい。また、決意表明でもいいですが?」というと、柴田正敏はこう言った。「今回の震災で被災され、避難所にいる方達には、食べるものも満足にいきわたっていない。しかも、毎日増え続ける犠牲者、原発の恐怖が解決されていない状況で、選挙のためのメッセージと言われても簡単に出てこないなあ。」といつになく困った顔で、カメラの前に座った。



今回のこの大震災により、比較的被害が少なかった秋田県が果たすべき役割は非常に大きい。

もっとも被害が大きかった宮城県、岩手県に隣接しているわが県は、安全な食の提供や流通の拠点となっていくことだろう。

これを機会に日本経済の流れや生活の様式も変わっていくことになると思うが、変わらないのは人の心である。

共に助け合って、東日本復興の一助になればと考える。



地震が来る前は、毎日が災害のような豪雪に泣かされてきた。

雪融けと共に果樹園などの雪害も目立ってきた。

中には壊滅的なりんご農家も見受けられる。

未曾有の震災後、遠慮から声を出せずにいる横手市果樹農家もいるが、こちらもまた命がかかっているのでほっといてはいられない。

一体、地球はどうなっているんだろうと恨み言のひとつも言いたいが、そんなことを言っていられないのが政治家の使命である。

柴田正敏には、そんな県民の声をしっかり受け止めて、きっちり解決する県会議員になって欲しい。

いよいよ明日、熱戦の火蓋が切って落とされる。

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▼地元神社において、柴田正敏をはじめ後援会幹部が、必勝と安全を祈願して玉串奉天を行いました。





毎日、テレビニュースと新聞で原発の行方と震災復興の進捗状況を見るのが日課となってしまった。

3月11日の大地震から、20日経ったが、とても復興といえるところまでは行っていないように見える。

せめて避難所の食事が、1日3食食べられるようになって欲しい。

Bronzu~道心~は、世界三大ジャズ・フェスティバル・スイス・モントルーMusic in the Parkに出演したが、東北初の快挙であった。
帰国後、秋田県知事より「秋田県イメージアップ貢献賞」を受賞。
凱旋ライブも大盛況だった。


Chihoさんによると「柴田正敏さんとは、アマチュア時代、2007年BRONZEとして初めて地元でワンマンライブをやったときに、議員さんの中で初めて来て下さった方。」と言う。

▼左がリーダーのRyumaさん、右がサックスのChihoさん


▼昨年11月に行われた”柴田正敏と一緒に語ろう「秋田の現状と将来」”ではChihoさんがサックスを演奏してくれるなど益々親交を深めている。
講演3

▼スイス・モントルーMusic in the Parkでの演奏

テーマ:音楽のある生活
ジャンル:音楽


大阪消防局から21時間かけて横手へ来た部隊がいたことを知人のメールに書いていた。

スーパーよねや本部でおにぎり500個を積み込み遠野から被災地へ向かったという。
この後の食料は、現地で調達する予定で出発したらしいが、無理だったらしく、またおにぎり1000個を取りに来たという。

パンも欲しいといわれたが、手配つかずフレンドールさんにお願いしたところ、支援だからと代金を受け取らず、団員の皆さん感激していたらしい。

他の方々にも支援の輪が広がっているとか。

■照井昆布屋さんが「うちの昆布も使って」と昆布4箱を支援。
■やきそば暖簾会有志が被災地へ5000食やきそばを提供しに行く。
■それを聞いたきりたんぽやさんが「うちもいっしょに」と行くそうで、きりたんぽのどんぶり3500個を頼まれたが「お金は要りません」と容器やさん。

きょうも大阪消防局が物資調達に来たようだが、ホカロンだけ必要分調達できなかったもよう。

嬉しい支援の話が聞こえてくるが、福島原発の行方が暗い影を落としている。

テーマ:東北地方太平洋沖地震
ジャンル:ニュース
現在、世界117カ国から日本に救援の申し出があるらしい。
ありがたいことである。

「今こそ日本に恩返しする時だ」と口をそろえて言うのは、過去に日本は先端の技術を持って、災害時様々な国に出向いては助けて来たという事なのだろう。
そして、命の重さ、尊さは世界共通ということかも知れない。

中でも同盟国のアメリカの救援体制は、迅速かつ強力なものだった。
なんと原子力空母ロナルド・レーガンを三陸沖に配備したのだった。

空母からヘリコプターを飛ばして救援物資を届けるというから頼もしい限りだし、スケールの大きさに圧倒される。

ついでだから、このロナルド・レーガンという空母について紹介しておく。
元海上自衛隊出身の友人曰く、「まるで山が動いているようなものだ」と言う。
全長333m、幅76m、高さは20階ビルと同じだと言うから60m以上あるのだろうか。

戦闘機は90機搭載、搭乗人数は5600人、動力は原子力だから、燃料の心配なくスピードは出せるし、黒い煙も出さずに遠距離航行できる。長期間の生活に必要な電気も、無数の電子機器・コンピューターなどの電気供給も全く心配要らない。

やはり原子力は魅力なのだ。
世界のエネルギー事情は、原子力発電に傾きつつあったという。
夢のエネルギーなのだが・・・・

福島原発は40年前に建設されたというから、日本の技術が世界に誇れるのも頷けるが、それゆえに今回の事故は世界に衝撃を与えている。

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